稲葉浩志「Symphony #9」を語る|イナソロ一日一曲

動画書き起こし

イナソロ一日一曲! 今回は「Symphony #9」

キャッチーではないけれど。

「羽」のカップリングですね。企画の2曲目にしてはシブい選曲ですが、力強いサウンドが印象的なパワフルな曲です。そんなにキャッチーな曲ではないから、何度も聞き返したいタイプの曲ではないかもしれませんね。実際、私もそうでした。稲葉さんのインタビューを読むまでは…。

タイトルの「#9」は憲法九条!?

タイトルのナンバーナイン(#9)って何のことだと思いますか?「シンフォニー」ってあるくらいだから、クラシック好きな人は「ベートーヴェンの交響曲第9番かな?」「年末にみんなで歌う “歓喜の歌” かな?」と想像するかもしれません。

でもそうじゃなくて、実は、憲法第九条なんです。九条の条文、言えますか? 私は言えないので要約だけ話すと、「武力と戦争を放棄します」という日本ならではの条文ですね。

九条をめぐる議論

この曲が制作されていた2015年ごろは、集団的自衛権の部分的な行使を可能にするための安全保障関連法案が採択され、世間で議論を呼んでいた時期でした。「国を守るためには必要なんだ!」とか、「いやいや、平和を放棄してしまうのか?」とか、いろんな観点から意見があって、今も続いている議論かと思います。

そんな九条をモチーフに、稲葉さんは歌詞を書いたそうです。よく読んでみると「あ、これ九条だな」って気づけるポイントがめちゃくちゃ散りばめられています。

散りばめられたヒント

たとえば「うっかり平和な日々にも飽きてしまうのに」とか、「あなたは未だに色褪せもせず しぼみそうな好奇心をそそり続ける」…制定から何十年も経っているのに、あーだこーだ議論してしまう。「そんな不思議な存在が九条なんだ」と歌っていることに気づくことができます。

この曲のおもしろいところは、二重の構造になっていて、複数の解釈ができることです。一見すると、恋愛や、幻のようにすり抜ける存在のことを歌っているようである。しかし九条を意識して読んでみると「捕まえようとすれば 消える」という歌詞が別の意味を持ちはじめます。

すなわち、「一見、平和に関する真実を謳う条文に見えるけれど、本当に武力を放棄してしまって平気なのだろうか? 他国からの圧力や攻撃リスクに備えることはできるのか?」というように、学校で教わる「正しさ」が、指の隙間をすりぬけてスルリと消えてしまうような、心もとない感覚を表しているように思えてくるのです。

日本人のアイデンティティ

「相手が悪であろうと優しくありたい」とか「You are my melody」というフレーズは、戦争放棄を歌う声のようにも聞こえますし、同時に何か大切なアイデンティティを表しているようにも感じます。

第二次世界大戦の敗戦を経験した日本人の歴史、それを経て制定された憲法九条を教育の中で大事なものだと教わってきた私たちの、心の一部に形成されたアイデンティティ。

そう考えると、これは一般的な感覚の日本人にとっては、聞き逃してはいけない大事な曲なんじゃないかと思います。そこに切り込んだ稲葉さんは、すごく挑戦しているなと感じます。

政治的主張をしない姿勢

とはいえ、稲葉さんは別に政治的な立場を主張しているわけではありません。「九条いらない」とも「いる」とも言っていない。いわばノンポリ(non-political)ですね。

作詞家の阿久悠さんも「私は積極的ノンポリである」と自著で語っていました。スローガンを信じない、という信念を持っていたんですね。戦争中に「日本第一!」と言っていた人たちが、負けた途端コロッと手のひらを返す。そんな人間模様を見てきたから、スローガンってのはまやかしなんじゃないか? と考えるようになったのだそう。

だから阿久悠さんは政治的主張を歌に入れず、人々の価値観のアップデートを歌で表現していった。そんな立場を貫いた方です。

稲葉さんのスタイルからも、そんな阿久悠さんのような積極的ノンポリの香りを感じます。九条をインスピレーションの源としながらも、賛成か反対かは脇に置き、現代の日本の空気を嗅ぎ取って歌に昇華しているんです。

歌詞での描き方が直接的じゃないのも興味深い。「You are my mystery」なんてまさにこの曲がミステリーだなと思うんです。

音楽に政治的主張をすべきという意見もあれば、そうでない美学もある。主張が大きければ正しいように錯覚してしまうけど、稲葉さんのように立場を取らない、煽動しない姿勢もあるんだなと。そういうスタイルも大事で、尊重されるべきだし、私は好きですね。

戦争が絡む話題への恐怖

戦争が絡む話題だけに、こうやって話しているだけでちょっとゾワゾワしてしまいます。特に今は世界情勢が不安定ですからね。まぁ、安定していた時代なんてあったのか? という話ですが…。

誤解のないように補足すると、稲葉さんはこの曲で九条を礼賛しているわけではなく、あくまで題材に曲を書いているだけ。インタビューでも「いろいろ聞かれるのが嫌だからネタ明かしはしてない」と語っていますが、いちミュージシャンとしての賢くて誠実な態度だと思っています。

ただ、私はYouTubeで全世界にこうやって発信しているわけで、迷惑かもしれませんし、品がないなと思います。しかしこの曲を愛するうえで大事な情報だと思うので、思い切って動画にしてみました。

4人の稲葉さんのウォオオ

音楽的にも素晴らしいですよね。ジャンル的にはディスコ寄りかな。初期B’zを彷彿とさせるデジタルロックチューンで、パワフルな曲。

おそらく、稲葉さんが4つ声を重ねてるんですよ。4人の稲葉さんが同時にイヤホンで歌ってくれる感じで、鼓膜が揺るがされます。こんな4人の稲葉さんの合唱を聴けるのは「Symphony #9」だけ!(笑)

ぜひ、聴き返してみてはいかがでしょうか。実に不思議な魅力を持った、ミステリーのような曲です。

挑戦的な曲が問いかけるもの

戦争が絡むとやっぱりザワつくし、勇気のいるテーマだけれど、稲葉さんは政治的主張を押し出すわけでもなく、巧みに九条をモチーフにした歌詞を提示してくれた。

それは私たちに「平和とは何か」「理想と現実はどう両立するのか」をあらためて問いかける曲なんじゃないかと思います。実に不思議でミステリアスな魅力を秘めた一曲です。

じゃあ、そんな感じで。また明日別の曲で会いましょう。おつかれ!

【今回言及した曲】

  • 交響曲第9番(ベートーヴェン)
  • ペッパー警部(ピンクレディー)

【動画版はこちら!】

コメント

タイトルとURLをコピーしました