↓動画版はこちら!
▼「YOUNG STAR」「EVERYWHERE」レビューはこちら!
▼「Burning Love」「DRIFT」「LIGHTNING」レビューはこちら!
#6 ONLY HELLO part1
せっかちなスティービーのやさしい曲
6曲目は「ONLY HELLO part1」。
ここまでの5曲はすべてこの曲のための布石だったのではないかと思わされるほど、深みとエネルギーを持った楽曲です。静かなレクイエムのようでもあります。
スティーヴィーは非常にせっかちな人らしく、普段のギタープレイ(弾き倒すスタイル)からもそれが想像できます。音楽活動のために複数の国を移動しながら生活しているそうで、ドイツとアメリカ間の移動は、日本の渋谷と六本木を行き来するような感覚だと、稲葉さんが会報誌(be with!)のインタビューで語っていました。
とてもせわしない印象のスティーヴィーが、悲しくて穏やかで、それでも優しくなれるようなこの曲を生み出したと考えると、さらに魅力が増してくるように感じます。人間模様は不思議なもので、楽曲への思い入れを変えてしまう力がありますが、そうした部分を大切にしたいと思い、この曲について語ることにしました。
アコースティックギター2本重ねの狙い
アコースティックギターを左右で2本重ねる手法が用いられています。おそらく重ね録りでアルペジオを演奏しているのでしょう。
通常、2本のギターを重ねる際は、コードの押さえ方を変えて互いに干渉しない音を左右で演奏するのが一般的です。たとえば「こちらは低めの音」「こちらは高めの音」と分けるように。しかし、この曲では同じ音をあえて2本とも弾いています。
同じ音やメロディを重ねると、完全に一致しないわずかなズレが生まれます。人間が弾いている以上、どうしても生じるわずかなブレが“アナログ感”や“温かみ”を際立たせるのです。そうした効果を狙っているのではないかと想像します。
生身の人間が持つ息遣いを感じ取れる点が、この“ONLY HELLO”の魅力の一つだと思います。スティーヴィー・サラスは罪なほど素晴らしい仕事をしてくれたと感じます。
歌詞が描く“no goodbye”の世界観
歌詞は「黄昏 風はやさしい」という冒頭から始まります。これは“EVERYWHERE”と同じ時刻帯、いわゆるマジックアワーですが、描き方がまったく異なります。
“ONLY HELLO”の情景は、夕日の中で一人立ち止まり、風を感じながら「一人帰る道」「滲んでく明かり」へと続く展開です。その先で「あなたがいなくなってからは…」と綴られ、いなくなった存在を痛感させます。
稲葉さんの歌詞で、生と死をテーマにした曲はいくつかあります。とりわけ思い浮かぶのは“TINY DROPS”です。たとえば「いつか皆 そこに行くから」「その日までのさよなら」「ほんの束の間のさよなら」というフレーズがあり、これは松本さんが「こんなふうに書いてほしい」とリクエストした珍しい曲だといわれています。
“TINY DROPS”では「いつか会える」というメッセージを含んでいますが、“ONLY HELLO”で歌われている“no goodbye”(さよならはない)とも通じ合う部分があります。一方で“TINY DROPS”は「その日までの“さよなら”」と歌っており、表面的には異なる表現をしているものの、根本的には「また会える」という希望を共有しているのです。
さらに異なるのは、“ONLY HELLO”が「目を閉じれば会える」と歌っている点です。先の未来で再会するというより、今すぐに心の中で会える。記憶や影響が自分の中に生き続け、目を閉じるだけで呼び起こせるのだという世界観が、本作にはあります。とても温かい曲だと感じます。
「夢見が丘」も「出逢い 別れ 土に埋もれ」という歌詞があり、“ONLY HELLO”とも通じる部分があります。ただし「夢見が丘」は、より生への執着がはっきり表現されている印象で、「わずかな時を むさぼりあおう」「夢を見続けるこの丘で」というフレーズに“精一杯生きよう”というメッセージが感じられます。
これらも含めて、生と死をテーマにした稲葉さんの作品は多いものの、アルバム全曲レビューで扱うには重たい内容なので、今はここまでにしておきたいところです。
あなたは今も私の中で生きている
私にとって“ONLY HELLO”は、「あなたは今も私の中で生きている」という思いを、2本のギターの温かみや、ヴァイオリン・ビオラ・チェロ(コントラバスは不参加)のシンプルで美しいストリングス編成によって表現している作品です。個人的には、まるで「レクイエム」のようだと感じています。海外のリアクション動画で「Huh… Ah… Oh my god…」と驚嘆するような反応があるとすれば、それも納得できるほどの深みがあります。
#7 ONLY HELLO part2
教会音楽のようなコーラス
7曲目は「ONLY HELLO Part2」です。音楽的に非常に優れていて、さまざまな要素が凝縮された楽曲だと感じます。冒頭は教会音楽のようなコーラスで始まり、その直後にベース(低音パート)の音が沈んでいく構成が特徴的です。
このベースラインは、バッハの「G線上のアリア」の1小節目と和音の組み立て方がほぼ同じで、いわばレクイエムのような“亡き人を鎮めるための歌”の雰囲気を漂わせます。
ところが、そこから先はややカオスな展開になります。実は複数の音楽的要素が同居しているのです。
ビートルズとサイケデリック要素
まず1つ目は、ビートルズ的なサイケデリック要素が色濃く見られる点です。サイケデリックとは、薬物による幻覚的な世界観を背景にした音楽性のことを指しますが、この楽曲では和声進行や複雑なコード展開などに「I Am The Walrus」や「Sun King」を想起させる部分があります。
教会音楽のような荘厳さにサイケデリック要素を混ぜ合わせているため、不謹慎かもしれませんが、非常に興味深く面白い仕上がりです。
また、メロトロンという珍しい楽器も取り入れられていると感じます。メロトロンはフルートの音をテープに録音し、それを鍵盤機構に組み込んだ仕組みをもつ楽器で、ビートルズの「Strawberry Fields Forever」がその代表的な使用例として知られています。
おそらくこの”ONLY HELLO Part2″でもメロトロンを使用し、ビートルズからの影響をさらに強調していると思われます。
“ミクスチャー”の妙
2つ目の要素は、ベースの非常に太くてアグレッシブな音色です。「Mujo Parade(INABA / SALAS)」のように、ファンク的なリズムやグルーヴをしっかりと取り入れています。つまり、ビートルズ由来のサイケデリック要素とファンクが、しかも教会音楽的な導入に重なっているのです。
3つ目の要素は、歌の音色にわずかな歪みがかかっている点です。テープで録音したようなマイルドなディストーションを感じさせるため、「サチュレーション」というエフェクターを使用しているのではないかと思われます。私自身はミックスの専門家ではありませんが、さまざまなサウンド要素を惜しみなく融合させている姿勢が、この楽曲の魅力と言えるでしょう。
こうした多様な要素を混在させながらも、1つの曲として見事にまとめ上げているところに、スティーヴィー・サラスの“ミクスチャー・ロック”としての才能を強く感じます。今までのINABA/SALAS作品とは一味違う形で、彼のプロデュース能力がいかんなく発揮されているのではないでしょうか。
「さよならはない」という歌詞のメッセージ
では歌詞に目を向けましょう。英語詞のフレーズが中心で、”there is no goodbye” “there’s only hello” という言葉が印象に残ります。日本語で「こんにちは」や「やあ」に置き換えると微妙にニュアンスが変わってしまうため、曲中では「ハロー」というフレーズがそのまま使用されています。
英語以外の日本語歌詞の部分は少しだけで、part1では「目を閉じれば会える」という表現でしたが、part2では「雲を縫ってあなたに会いに行こう」という歌詞に置き換わっています。雲から雲へと飛び移って空を目指すイメージが描かれ、「あなたは空にいる」という世界観を強く打ち出しています。こうした光景を思い浮かべながら曲を聴くと、そのメッセージと現実の出来事が重なり、非常に胸に迫るものがあります。
これまでのアルバムレビューで「シンプルだからこそ強い」という言葉を何度か使ってきましたが、この”ONLY HELLO Part2″はその究極の形だと思います。ごくシンプルな英語の一文に、多彩な表情を持つ演奏と歌唱を重ね、圧倒的な世界観を築いているのです。
圧倒的な歌唱と涙を誘う表現
とりわけ注目すべきは、稲葉さんの“温かいシャウト”です。中盤から高音域にシフトする際の鋭さと力強さ、そして独特の温かみが同居した歌声は、聴き手の胸を鋭く射抜きます。私自身、初めてこの曲を夜中に聴いたとき、思わず涙が出ました。ライブの“Starchaser(B’z)”で泣いたのもつい昨年のことですが、再び稲葉さんに泣かされた次第です。
音楽的な要素や表現力が最高峰に達しており、ミュージックビデオの演出も相まって、「生きるとは」「死ぬとは」「音楽とは」といった根源的な問いを改めて考えさせられる名曲です。
本作には、INABA/SALASの作品にも参加していたAmp FiddlerさんとTaylor Hawkinsさんへの追悼の想いが込められています。お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
MVと特典DISCで語られる深い意味
『ATOMIC CHIHUAHUA』の特典DISCでは、「ONLY HELLO」に込められた意味やメッセージを、稲葉さんとスティーヴィー・サラスが語っています。深い部分に踏み込みながら、演奏面でも貴重なシーンが収録されているので、ぜひご覧いただきたいと思います。
『ATOMIC CHIHUAHUA』総評
B’zとの比較:AORの要素
B’zと比較すると、決定的な違いとしてAOR(Adult Oriented Rock)の要素が見当たらないと感じました。AORは大人の雰囲気や洗練されたイメージがあり、複雑なコードを用いたロックを指すジャンルです。松本孝弘さんが「影響を受けた」と語ることが多く、『FRIENDS』シリーズでもその存在感が見られます。
スティーブ・ルカサーとスティービー・サラス
スティーブ・ルカサーは演奏が非常に正確かつタイトで、ブレがほとんどありません。難易度の高いフレーズをきれいに弾きこなし、その几帳面さが魅力でもあります。ただ、几帳面すぎるがゆえに、聴き手のコンディション次第では疲れてしまうこともあるかもしれません。
一方、スティービー・サラスはブラックミュージックの要素を強く感じさせるギタリストで、拍感がゆるやかで踊りやすいグルーヴを重視しています。そのあたりがB’zとINABA/SALASの大きな相違点になっていると考えています。
スティービー・サラスの才能
INABA/SALASはビートの切れが良く、現代的なポップスとしての完成度が高い印象です。ファンクや往年のロックなどさまざまな要素を、スティービー・サラスがプロデュース能力によって巧みに融合させています。
「このアーティストを起用しよう」「こういうサウンドにしよう」など、具体的なアイデアを着実に形にする才能が、INABA/SALASの特徴と言えるでしょう。
スティービー・サラスは、稲葉浩志さんに歌ってほしい楽曲を中心に作曲しているようです。そのため、稲葉さんの声の魅力が低音から高音まで存分に発揮されています。
とりわけ、“ONLY HELLO”のような神曲が生まれたことは象徴的です。普段あまり使わない表現ですが、“ONLY HELLO”は個人的に「神曲」と呼びたくなるほどの仕上がりだと感じています。
『ATOMIC CHIHUAHUA』全体には魅力的な楽曲がそろっていますが、“ONLY HELLO”は別格と言ってよいほどの存在感があります。
そのため、アルバム全体をひとつにまとめて説明するのは、現時点では難しいと感じています。時間をかけて「『ATOMIC CHIHUAHUA』とはこういうアルバムだ」と言えるように分析を深めたいと思います。
作詞と歌い方の関係
INABA/SALASでは、作詞の内容にはスティービーが干渉しない一方、歌い方についてはかなり明確な指示を出していると聞きます。今回のアルバムでは、曲名がすべて一単語または二単語で構成されていることも特徴的です。
YOUNG STAR、EVERYWHERE、Burning Love、DRIFT、LIGHTNING、ONLY HELLOなど、語数が少ないため抽象度が上がり、演者や聴き手がより多様な解釈を行いやすくなっています。
“ONLY HELLO”というシンプルな言葉に、さまざまな思いを詰め込めるからこそ、多面的な演奏や音作りが可能になっていると考えます。抽象的なタイトルだからこそ、作品としての懐が広く、普遍的なテーマを提示する余地が大きいのではないでしょうか。生きることや死ぬことなど、人間が普遍的に向き合う課題とリンクする面もあり、“ONLY HELLO”という曲は深く心に響きました。INABA/SALASの両名には改めて感謝したい気持ちです。
おわりに
アルバム全体の長さは約27分で、繰り返し聴くのにちょうど良いボリュームだと感じました。最初の2作はもう少し長めだったため、一気に通しで聴くのは少々大変でしたが、今回は短めなので疲れにくい印象です。
今後、じっくり聴き込んだうえでさらに深いレビューをブログに書くかもしれません。興味のある方はぜひご覧ください。ブログでは更新通知を受け取れる設定も可能です。
INABA/SALASのライブには非常に興味があったのですが、経済的な事情で今回はチケットを入手できませんでした。参加する方はぜひ存分に盛り上がってきてください。“ONLY HELLO”は演奏されるだろうと思います。
長々とお読みいただき、ありがとうございました。ぜひまた別の楽曲でお会いしましょう。
おつかれ!
【今回言及した曲】
- ONLY HELLO part1
- EVERYWHERE(INABA/SALAS)
- TINY DROPS(B’z)
- 夢見が丘(B’z)
- arizona
- ONLY HELLO part2
- G線上のアリア(バッハ)
- I Am The Walrus(The Beatles)
- Sun King(The Beatles)
- Strawberry Fields Forever(The Beatles)
- Mujo Parade(INABA/SALAS)
- Starchaser
コメント